1年ぶりに実現したリコシェvsオスプレイ。同じ後楽園、同じメイン、より強くなった意地。

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1年前のベスト・オブスーパージュニア23でリコシェvsオスプレイが実現しました。

5.27後楽園ホール。メインイベントの出来事です。

同じハイフライヤーの二人が、繰り広げた一戦は賛否両論巻き起こす試合になりました。

1年前私も反応しましたが、結論としてはタイトルにもしていますが「プロレスとは色々壊した結果がプロレスなのだ」と。

言葉足らずですが「プロレスが壊れる」という批判は最もプロレスを壊す近道であるという、プロレス関係者たちの発信も紹介しながら書きました。

 

2016年と2017年、同じベスト・オブスーパージュニア、同じカード、同じメインイベント、同じ後楽園ホールで行われたこの試合、何が変わらず、何が変わったのかを紐解ければと思っています。

 

2016年は16分47秒

2017年は27分27秒

試合時間が長いことがそのまま評価に直結するわけではないと思っていますが、

しかし、ある程度の長さは満足感と達成感を得るためには必要だとも思います。

今年は、昨年と比べておよそ10分ほど長かったです。

決して間延びしたわけではなく、手数が増えました。

しかしハイフライな攻防が増えたわけではなく、序盤のトラディショナルなレスリングの動きに注目しています。

ウィルオスプレイという選手が回転ならば、リコシェはバネ。

ハイフライでも少しアプローチの違う二人であることは周知の事実です。

しかしオスプレイは英国出身で、キャッチ・アズ・キャッチ・キャン(ランカシャースタイル)の動きを持っています。

これはマーティスカル、ザック・セイバー・ジュニアも同じく持っていて、少し前では柴田勝頼ランカシャーの動きを見せていました。

関節を取り合い、右足を決められたら左足で体重を乗せ外す。

文章では非常に説明しにくいのですが、いわゆる「シブさ」を感じるレスリングです。

今回オスプレイはこの動きを序盤数分ですが見せました。

リコシェランカシャースタイルではありませんでしたが、グランドレスリングの動きを見せました。

これは昨年「ダンスの動きだ」と批判されたことに対する答えだと私は解釈しています。

「ダンス」「プロレスではない」「サーカス」

こういった批判は「闘い」でありながら「エンターテイメント」であるプロレスには付き物です。

非常に複雑なのは、プロレスに対する批判がプロレス側から出てくるというジレンマがあります。

しかしリコシェオスプレイは「意地」というものを闘いのテーマにしていました。

ティヘラで着地されたら着地仕返す。相手が出してきたことを出し返す。

チョップを打ったら胸を差し出す。そしてまた相手の胸にチョップを叩き込む。

「相手の技を受け止めたからこそ、倒したことに意味が生まれる。」

これがプロレスの全てです。

ただ勝つだけ、ただボコボコにするだけ、ただ倒すだけ。それだけでは「意味がない」というのです。

 

オスプレイリコシェが意地を張り合う姿は、チョップを打ち合っている姿にしか見えませんでした。

彼らは「新しいこと」をしているわけではありません。

「新しい見せ方」をしているだけで、根っこにある哲学は何も変わっていません。